〜解説〜

4月27日出題分
1人の方に解答をいただきました。どうもありがとうございました。
これは私なりの解釈です。答えは決して一つではないですので、「参考」という程度でお受け止めいただきたいと存じます。ご意見がございましたら、ぜひ掲示板あるいはメールでぜひお寄せください!
なじみの無い単語を解説したヒントも合わせてご覧ください。


Seven Years in Tibet :
Into Tibet-27

The village consisted of about twenty houses dominated by the hill on which the monastery stood. It housed only seven monks. The village houses were narrow and crowded together, but, nevertheless, every house had its own courtyard, in which wares were stored. All the inhabitants of the village were in some way connected with trade or transport; the real nomads lived scattered over the plain. We had occasion to attend several religious festivals, the most impressive of which was the harvest thanksgiving. We were now on a friendly footing with all the inhabitants and used to doctor them, being particularly successful in our treatment of wounds and colic.
The monotony life in Tradun was varied now and again by the visits of high functionaries, and I have a vivid recollection of the arrival of the second garpon on his way to Gartok.


訳:


チベットへ-27

村は約12件の家から成っていて、すぐとなりに寺院のある丘がそびえ立っていた。寺院にはたった7人の僧侶しか暮らしていなかった。村の家々は狭く、密集していたが、それでも全家にはそれぞれ中庭があり、そこに商品が貯めこまれていた。ここの住民は全て何かしら貿易や運送に関わっていて、純粋な遊牧民は平原に散らばって暮らしていた。
我々は何度か宗教的な祭りに参加したが、特に印象的だったのが、収穫感謝祭だった。
今や我々は村人とすっかり仲良くなり、彼らに対しては「医者」としての役回りを演じた。我々の治療は、特に傷や疝痛に効いたものだ。

トラデュンの単調な生活にも、高官の訪問により時折変化が訪れた。特に鮮明な思い出として残っているのが、第二ガルポンがガルトクに向かう途中に立ち寄った際のことである。


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