〜解説〜

6月1日出題分
1人の方に解答をいただきました。どうもありがとうございました。
これは私なりの解釈です。答えは決して一つではないですので、「参考」という程度でお受け止めいただきたいと存じます。ご意見がございましたら、ぜひ掲示板あるいはメールでぜひお寄せください!
なじみの無い単語を解説したヒントも合わせてご覧ください。


Seven Years in Tibet :
Into Tibet-29

We had a new guest in Tradun soon after - a state official from Nepal who came to see us but posed as a pilgrim. We felt that he wished to persuade us to go to Nepal against our wishes. He said we should be well received in Katmandu, the capital, and find occupation there. Our journey would be organized by the administration and three hundred rupees already had been allocated for our expenses. That all sounded very attractive - perhaps too attractive - for we knew how great was British influence in Asia. We did not take his advice.
After months we began to lose patience and to get each other's nerves. Kopp kept on saying that he would gladly accept the invitation to go to Nepal. Aufschnaiter as usual went his own way. He bought four sheep as pack animals and wanted to go to Changthang. It is true that this was contrary to our original decision to await the letter from Lhasa, but we greatly doubted getting a favorable answer.


訳:


チベットへ-29

そのすぐ後、新しい客が来た。今度はネパール政府の役人で、表向きは巡礼ということだったが、実は我々に会いに来たのだった。どうも彼は、我々を(我々の意に反して)ネパールに来る様に説得するつもりらしかった。彼曰く、我々は首都であるカトマンズで歓迎され、仕事も見出せる、さらに、我々の(ネパールまでの)旅は政府により計画され、すでに必要経費として300ルピーが割り当てられているとのことだった。全てが魅力的だった。いや、魅力的過ぎる。なぜなら、我々はアジアにおけるイギリスの影響力というものをよく知っていたのだった。我々は彼の助言を受け入れなかった。
数ヶ月後には、我々の忍耐が切れかかり、お互いが神経に障る様になってきた。コップはネパールへの招待を喜んで受け入れると言い続けていたし、アウフシュナイターは、いつも通りゴーイングマイウェイ、羊を荷運び用に4匹購入し、チャンタンへ行こうとしていた。実際これらは、ラサからの書状を待つ、という元々の決心に反する行動であったが、我々は良い返事を期待していなかったのだ。


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